五色台 白峰寺から根香寺へ
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− 白峰寺から根香寺へ 静かな残雪の遍路道 −

綾松山(りょうしょうざん) 白峰寺(しろみねじ)

 弘仁6年(815)弘法大師が白峰山に登り山頂に如意宝珠を埋め、閼伽(あか)井を掘り衆生済度を誓願されたのがはじまり。
その後、貞観2年(860)智証(ちしょう)大師が瀬戸内海で異香を放つ流木を引きあげて千手観世音を刻み、ご本尊として安置した。



頓証寺殿から、階段を上っていくと左に干支にちなんだお堂が続く。



丑、寅のお堂があったので、参拝する。

沈丁花が沢山植わっているがまだ固い蕾。




本堂
千手観世音菩薩を祀っている。



左、布袋様を祀っている。右は、大師堂。





右は、納経所



左客殿と七棟門



門の外に出ると、自転車を担いだ青年が登ってきた。
足元を見るとイタチが、ちょこちょこと付いてきている。
走りすぎる姿は時々見るが、間近で見るのは本当に久しぶり、逃げないのでしばらく見つめ合っていた。



七棟門の右に遍路道がある。
自転車の青年の横を通り過ぎて道標を見ると根香寺まで4.6q。



地蔵菩薩を刻んだ丁石が沢山ある。何故か此処の丁石には三十七と刻んである。



台風でかなり傷んだ沢に沿って緩やかな坂を登っていく。
アオキの赤い実が見事だ。



四十七丁の丁石
ここから根香寺までならこのくらいの距離が妥当だろう。



おでんのような格好をした、摩尼輪塔がある。
丸い摩尼輪の下に、下乗と彫ってある。
また隣の大きな石碑にも、下乗とある。

此処からは聖地なのでいかなる身分の人も乗り物から下りて参拝しなさいとの意味らしい。

そう言えば那智の大門坂の下にも下乗の石碑があった。



古い墓地がある。

仏生山の法然寺で見たような変わった形をしている。




毘沙門天の大きな灯籠がある。



灯籠から左に、古いが立派な石畳の道が続く。
途中まで行ってみるが、階段が深く切れ込むように下りているので引き返す。

後で調べてみると、直ぐ下に白峰寺奥の院毘沙門窟があるそうだ。

もう少し行ってみればよかった。



何百年と踏み込まれた遍路道を行く。



突然自衛隊の駐屯地の横に出る。
若い隊員が大勢洗濯をしている。

大きな声で挨拶をしてくれた。

駐屯地の角に古い道標があり、右に行くと国分寺とある。



白峰寺縁起の中にも書かれている、弘法大師が掘ったという閼伽(あか)井の井戸。

一度も枯れることがなかったという。今は上を四角い鉄板で覆われている。

看板によると、丁石の地蔵菩薩は、庵治の辺りから運ばれてきたらしい。
シロダモの草履を供えてお祭りしようと、シロダモの草履の作り方が図解してある。



アベマキの林の中の快適な道を行くと、右側に古い「陸軍用地」の境界石が続いている。
自衛隊の駐屯地の出来る前もこの地は陸軍の用地だったらしい。



いくつかピークを過ぎると明るい防火帯に出て、沢に下りる。
この沢は青海川の上流になる。
綺麗な水が流れている。

五色台は、香川の山には珍しくかなり高い所まで沢筋が通っており、豊かな水が流れている。
滝もいくつか有る。



アベマキから、ヒサカキのトンネルになる。
春になれば、花が咲き乱れ甘い香りに包まれるだろう。



しばらく緩やかな坂を登っていくと、十九丁に出る。
ここは、白峰寺と根香寺と国分寺の分岐点。

でっかいお地蔵さんと、休憩用の沢山の椅子がある。



此処からはしばらく登りが続き、雪が多くなる。



突然、車道に飛び出し、しばらく行くと足尾大明神。
これは膝の神様で、祀ってある草履を貰って帰り、膝が治ったら新しい草履をお供えするらしい。

私も20年来の膝の古傷がある。

よくお祈りをしておく。

山の下りで膝の痛い方は是非お参りしてください。




足尾大明神を過ぎると、五色台休暇村へと曲がる大きな交差点に来る。



交差点の手前に、休憩所があるので昼食にする。
もう二時を過ぎている。

やはりじっとしていると寒くなる。
お弁当とコーヒーを味わってから直ぐに出発する。

犬を沢山飼っている大きなログハウスの横を過ぎると、直ぐに遍路道に入る。



高松の山によくある変な看板。ここは虫と書いてある。何のコッチャ??




静かな遍路道を行くと初めて5人ほどのパーティと出会った。

直ぐにまた車道に出る。



北と東に開けている。

東には、屋島や八栗山。そして高松の町が見える。



再び遍路道に入り下っていくと、立派なトイレのある駐車場に出る。

青峰山 千手院 根香寺

弘法大師が入唐前に庵を結び霊場にしたことに始まる。

弘法大師の姪の子にあたる天台宗の智証大師が千手観音像を刻み、千手院を創建した。
香木で観音像を刻みその香りがあまりにも高いところから根香寺と名づけた。
その木の香が川に流れ、香りのよい川、とゆう言われから香川の名が生れたそうだ。

あれっなんか白峰寺の先手観音といわれが似ていない?

でも此処の方が30年ほど古いけど...

ここの千手観音は重要文化財。白峰寺のは指定無し。

しかも、ここは崇徳院の宿敵「後白河法皇」の勅願寺となり栄えたと有る。

崇徳院の御陵の隣の寺を勅願寺とするなんて?
謎が謎を呼ぶなんてね..



山門には青峰山の文字が..



樹齢1600年のケヤキ。
今は、枯れて根がない。



まん丸な沈丁花



ご本尊の千手千眼観世音は33年に一度御開扉で、平成15年に開いているので次は平成48年だとか..

薄暗い沢山の観音様を祀った回廊を行く。






山門を出た所に一丁の丁石がある。
何か逆のような?



もう3時になっている。

来た道を引き返し、十九丁でコーヒーブレイクをし、後はひたすら歩く。

白峰寺の長い階段を下りると雌山、土岳の間に青海川が流れ込み、その向こうに瀬戸内海が広がる。

昔はこの手前まで入り江が入っていたらしい。

丁度写真の真ん中下あたりが、松山の津だろうか??

車道をてくてくと歩き車に着くと丁度5時だった。

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