日和田山〜物見山〜越上山 2006/03/12

高麗駅〜巾着田〜日和田山〜高指山〜物見山〜北向地蔵〜ユガテ〜エビが坂〜越上山〜顔振峠〜吾野駅

今週も西武秩父線沿線を歩く事にする。

先週行った丸山から、正丸峠に向かわずに、そのまま東へと稜線を辿り、関八州、顔振峠を越えて

なおも東へと進むと、やがて関東平野へと山並みが尽きる所にある山が日和田山305mだ。

つまりこの山は、奥武蔵、秩父の山並みへと続く入り口の山となる。

この山の東には、関東平野が広がり、遠く筑波山まで山はない。

いつもの池袋7時6分発の西武池袋線で出発。

飯能でスイッチバックし東飯能まで来ると、一気に都会の雰囲気が変わる。

その次の高麗駅で下りる。

8時丁度着。



高麗駅の前には、天下大将軍と地下女将軍と書かれた朝鮮ゆかりの守護神・将軍票が出迎えてくれる。

異国情緒の漂う駅だ。

この地は昔高麗郷と呼ばれ、続日本記には次の様に記されている。

霊亀2年(716年)5月16日、甲斐・駿河・相模・上総・下総・常陸・下野の七カ国
の高麗人1799人を集めて武蔵国に移し、高麗郡を置く。

つまり高句麗が滅亡して、渡来してきた高麗人を集めて此処に高麗郡が置かれたと言う事だろう。

高麗王若光の指導の元、自治区として、故郷に帰る事もかなわず、高い文化と技術を持って生活していたらしい。

万葉集にも詠まれている「高麗綿」もその高い技術によって製造された高級綿だった様だ。



新しいトイレも異国情緒。

なんと看板はハングル文字。

高麗王若光が最初に渡来したのは、666年と言われている。

663年白村江の戦いに負けて、百済が滅び、高句麗は唐と新羅の連合軍に攻められ

日本に援軍を依頼してきたのではないかと言われている。

その後そして高句麗が、668年に滅びて帰る地を失ってしまった。

その時の高句麗の遺民は大磯の海岸から上陸し関東地区に広がっていったという。

その為神奈川の大磯にも高麗山、高麗神社(高來神社)が残っている。

今まで私は、旧朝鮮三国時代の高句麗と、蒙古襲来の時の高句麗との違いさえ知らなかった。

やはり歴史を知ると言う事は、その地を歩く事なんだなあと改めて感じさせられた。



騎馬戦が得意だった高句麗からの渡来人が、板東武士そして鎌倉幕府の成立にも影響しているとの説もある。

高麗駅を出て右に曲がると、のどかな田園風景が広がる。

台の高札場がある。

キリスト教信者を隠してはいけない。届け出たものには褒美をあげようと書いてあるらしい。

農家の店先に野菜などが売ってある。

たっぷりの干し芋200円を買って、しゃぶりながら歩く。

素朴な味で美味しい。

スーパーで売って居るものとは、やはり味が違う。



水天(すいてん)の碑がある。

昔高麗川は筏流しが盛んで、水害があると大きな被害を受けた。

水害や災難を鎮める為に設立されたとの事。



一旦国道に出る。ヒメオドリコソウ花を今年始めてみる。

橋を渡って直ぐに右に曲がる。

高麗川に沿っていくと大きな駐車場がある。



駒川の河原では大勢がカメラを構えている。

この川はカワセミの生息地として有名らしい。

ANちゃんが見たら喜びそう..

高麗川が大きく湾曲して巾着の形をした所が「巾着田」

1300年も昔高麗からの渡来人が苦労して開拓した田だと言う。

上手く水路を巡らしている。



振り返るとこれから登る日和田山が見えている。

あの山の麓に、渡来人達は住み着いたのだろう。

雑木林の中は、日本でも有数の曼珠沙華の生息地。

数百万株の曼珠沙華が花を開くと壮観だろうなあ。



木製のあいあい橋を渡り国道へ戻り日和田山に向かう。

立派な造作の農家が多い。



パトカーがやってきたので何かなあと思うと、今日はカワセミマラソンが有るとの事。

このまま真っ直ぐ行くと、高麗神社などの旧跡が残っているらしいが、次の機会にする。

高麗神社は猿田彦と高麗王若水を祀っている。

若光の子孫が代々宮司を務め、現宮司は59代目になるとのこと。



奥武蔵自然歩道をのどかな風景を楽しみながら行くと日和田山登山口に着く。

上着の調整をしていると単独行の男性がやってきた。

「花粉が飛んで鼻水が止まらない」と言いながら、ぐんぐん登って行ってしまった。

8時55分出発。

チップの敷き詰めた道を行くと小さなピーク。

早くも汗が噴き出してくる。



金比羅神社の鳥居を抜けていくと、男坂と女坂の分岐。

男坂へと向かう。

なにしろ標高305mの山。どちらを行ってもたいしたこと無いだろうと思う。



祠のある水場で冷たい水で顔を洗う。

ここからそのまま真っ直ぐ行くと見晴台や、ロッククライミングの練習場に出るとの事。

単独行の女性が追い抜いていった。

私達も石畳の道を進む。



あれまっ!想像していたよりも岩道が険しい。

腕力を要求される登りが続く。



あれれっ!これは面白すぎる。

岩がしっかりしているので安心だが、気の抜けない登りが続く。

足が次のステップに届かない所もあり、ルート探しにとまどう場所もあった。

それにしても、ついこの前まで、岩を登るのを怖がっていて、

黒笠山の小さな岩に手こずっていた家内の大胆な登りには感心した。

これならまた行動範囲を広く出来るなあ。



岩場を登り切ると鳥居の前に出る。

素晴らしい眺望が広がる。

霞んでいるが先ほどの巾着田が美しい。



此処からは富士山も見えるのか?

都心方向はもう山はなく平野が広がっている。



こんな所に男坂は危険の看板。

確かに下りは一寸危険かも知れない。



鳥居から少し行くと金比羅神社がある。



金比羅神社から頂上は直ぐそば。

9時36分着。

木々の向こうに飯能のビル群が見えている。

その向こうは都心方向だろう。



頂上には宝篋印塔(ほうきょういんとう)と三角点がある。



しばらく頂上で休んで出発。



山道を少し行くと車道に出る。

右に引き返す様に行くと高指山375m。

電波塔に向かって行って頂上を探すが、どうも電波塔が出来た為最高点は解らなくなっている様だ。

日当たりの良い広場があったが先を急ぐ。

車道を行くと見晴らしが良くなり農村地帯となる。

ここが駒高。

トイレがありベンチで休憩。



綺麗な休憩所が出来ているが、戸が閉まっている。

用がある人はベルを押せと書いてある。

猫がじゃれついてきたのでビスケットを分けてやる。

その内に下の農家からお婆ちゃんが上がってきた。

お客が来たら、やってくるみたいだ。

道端にブラシの様な花が咲いている。

いつもなら見向きもしない様な地味な花だが、この時期咲いている花は貴重。

これはカンスゲだろうか?

ふと猫の方を見るとカラスがやってきて、ビスケットを前にニラメッコをしている。

カラスに援軍が来て、猫は敢えなく退散。



少し行くと右に山道が続いている。

緩やかなアップダウンを物見山目指していく。



木の幹にラミネート加工した写真を貼ってある。

近所の写真愛好家のミニギャラリーか?



10時28分物見山375m到着。

山頂は広く見晴らしが良い。

此処でしばらくコーヒーブレイク。

単独行の女性が上がってきた。



宿谷の滝の分岐を見送ってしばらくアップダウンのある道を行くと車道に出る。



またいくつかピークを越すと北向地蔵に出る。

11時1分。

此処には、大勢のグループがいた。

この地蔵は野州岩舟地蔵の分身で、お互いに向き合って立っている為北向きになったそうだ。



此処から、鎌北湖に下りて帰ろうと提案したが、家内はユガテに行ってみたいという。

それではと左に下りていく。



暗い植林地帯の中の沢を幾度か渡り下りていく。

お年よりの団体が登ってくる。

40人の団体だそうだ。

上り優先でずいぶん待たされた。



やがて開けた場所に出る。

ここが、奥武蔵の桃源郷として有名なユガテの村だ。

かなり広い土地だが今農家は二軒しか残っていない。

ユガテの語源は、昔温泉があったからとか山林の下草を苅った場所だとか?



今は、梅と蝋梅しか咲いていないがもう少しすると、花に埋もれた里になるらしい。

農家の縁側でハイキングの男性が、お茶をいただきながら話し込んでいる。



農家の軒先を登って行く。

開けた所に出て、車道が有る。

見晴らしの良い所にベンチがあるので昼食にする。

11時50分。

汗びっしょりでシャツ一枚になっても暖かい。

朝登山口であった男性がやってきた。

鎌北湖経由でやって来て、また高麗駅に帰るとの事。



12時5分出発。

エビガ坂に向かって登って行く。



すぐにエビガ坂に着く。

ここから鎌北湖に抜ける事が出来る。

私達は左へと顔振峠に向かう。

顔振峠まで3.4q、吾野駅まで7qと書いてある。



銃に曲がりを越えてドンドン行くが少しアップダウンがキツくなる。



途中で送電線鉄塔をくぐる。

遠くに大岳山のとんがりが見える。



ずいぶん歩いたと思ったがまだ顔振峠まで2q

毛呂山と書いてある。






此処の標識はどうにかしている。

20分以上歩いたのに顔振峠、吾野駅までの距離は0.1qしか縮まっていない。

しかもまた5分ほど歩いたのに、残り距離が全く同じの標識がある。

どうなっているの?

暗い時など同じ形で、同じ距離表示だと狐か狸に化かされたと思って仕舞うじゃないか。



顔振峠と黒滝への分岐の車道に出る。

ここに息を切らせながら、単独行の男性登場。

黒滝にはどちらに行ったら良いんですか?と聞く。

なんと顔振峠から山道をやって来て、この分岐で間違えて車道をまた顔振峠まで行ってしまったらしい。

やはり、此処には狐が居る??

山道に入ってしばらく行くが越上山への登り口がなかなか来ない。

やっと看板を見つけて登り始める。




これまた岩をガンガン登る。

13時51分越上山(おかみさん)566m頂上着



ここからも大岳山や大山がよく見える。

都心方向の直ぐしたにアマチュア無線のアンテナ群が立っている。



諏訪神社の奥の院がある。



山を下ると諏訪神社に着く。

トイレには阿寺と書いてあった。



諏訪神社からしばらく行くと車道に出て顔振峠を目指す。

14時33分顔振峠着。



平九郎茶屋でスポーツドリンクの冷たいのを買い、しばし景色を楽しんで出発。

武甲山が霞んで見える。





この道は、関八州に登った時通った道だ。



途中までは気持ちの良い山道だが、途中で林道に出てからは、ひたすら舗装路を吾野駅を目指す。



林道歩きが嫌になった頃、吾野駅頭着。

15時34分。

すぐに普通電車が来たが、前の売店でビールとつまみを買ってベンチで休憩。

16時1分の快速に乗り帰る。

低い山だったが、今日も結構歩いた。

花の咲く時期はもっと楽しい散策が出来る場所だと思う。


*余談 

山手線の渋谷あたりで若い男性から話しかけられた。

いったい何事かと思ったが、私達の登山姿を見ていたのか

「私、韓国から来ました。登山が大好きです」

「でも東京に山がないのが寂しい」

東京にも山はあるというと、

「高尾山は知っているが、とても遠い」

そりゃ都心には山はない。

高尾山が遠いと思う様なら登る山はない。

新宿や池袋から一時間ほど電車に乗れば沢山山はありますよと言うと

「良い山を教えてください。4時間から5時間で登れる運動量の多い山が良いです」

メモを取りだしたのでバックにあった奥多摩と奥武蔵の駅で配っている地図をプレゼントした。

韓国人は登山が好きだとは聞いていたが、街の近くに山が沢山あるのだろうか?

高麗で、旧朝鮮の歴史にふれてきたばかりなので何か不思議な気がした。





総歩行距離19.3q

累計標高差 +1247m −1179m
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