熊野古道2  2005/02/11
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 ひたすら歩くことの楽しさを知る熊野の古道 −

高原熊野神社は熊野では一番古い神社らしい。
素晴らしい楠の古木の活力をいただいたので、食事もせずに次の王子を目指す。







石畳の坂をゆっくり上がっていくと民家のような喫茶店がある。
綺麗なママさんがガラス越しにこっちを見てにっこりしている。

お客の男性二人も交互に覗いている。
私達が珍しく見えるのか?

此処のママさんは10年前にこの地に越してきて、喫茶店をしていると後でお聞きした。

熊野古道の標識500m毎に立っていて、ここは8番。
滝尻王子から4q来たことになる。



お地蔵さんを拝んだり、ルリビタキがいたので驚かさないように飛び立つまでじっと見ていたら
ずいぶん時間を食ってしまった。

男女三人組が追いついて抜いて行った。

ふと見ると「ここから先、近露王子まで民家はありません。4時間かかるので心していくように」との看板がある。
大変だもう12時半になっている。

4時のバスに間に合わなくなってしまう。急ぐことにする。



とんがり帽子のロッジとそばに窯焼きの作業所。そしてその横には一里塚と休憩所。
立派なトイレもある。

昔は、松の木が一里毎に植わっていたそうだ。



緩やかな坂を、ゆっくり急いで登っていく。とても感じのいい道だ。



突然高原池が現れる。

このすこし先で先ほどの三人連れに追いつく。
横浜から来て昨夜白浜に泊まって、今日は私達と同じく滝尻から近露まで歩くそうだ。

あまりにお腹がすいてきたので、見晴らしの良い丸太の上でおにぎりを頬張る。

少しすると、先ほど高原熊野神社で休んでいた10人ほどのパーティに追いつかれる。



10分ほどで直ぐ出発。

坂を一登りすると大門王子跡。

此処で先ほどのパーティを追い抜き足を速める。
おにぎりパワーのおかげで好調に進む。



なだらかな道になると見晴らしが開けてくる。

杉の林は適当に間伐されて手入れが行き届いている。

四国のほったらかしの杉林とは雰囲気が違う。



突然トイレの有る立派な休憩所と、非常用のソーラー無線電話機が設置されている。
水飲み場もある。

広い広場に十丈王子公園の看板がある。



此処が十丈王子跡。広い所に切り株やベンチが沢山並んでいる。
若い男性が一人ベンチで爆睡していた。



薄暗い道筋に小判地蔵が祀られている。

熊野詣での最中に小判を口にくわえたまま、餓えと疲労でなくなった旅人を弔っているらしい。
小判があっても此処では何も買えないものねえ..



腰掛けの杉。座る所がツルツルになっていた。



やっと悪四郎屋敷跡に到着。ここがこのルート最高地点で691mある。



屋敷跡からしばらく下っていくと一里塚がある。
先ほどから一里来たことになる。
この一里塚には和歌山から25里と書いてある。

平坦な道を少し行くとまた上りとなる。ここらは少し道が荒れている。



ピークに着くと立派な杉がそびえている場所に来る。



上田和茶屋跡に着く。
ここは大正まで人家があって墓もあるらしい。

此処が600メートル余り

霜月23日の夜には、三体の月が見えるという。



どんどん下っていって、また登り返した所に、19番の道標。9.5q地点。

このピークにも三体月の言い伝えの看板がある。



アップダウンの繰り返しに嫌気がさした頃、舗装路にでる。
ここは昔バスも走っていたそうだ。

ここは逢坂峠。
花仙とある歌碑がある。

お父さんの先祖が此処に住んで茶屋をやっていたとか。

舗装路を越えて下っていく。



下りきった川沿いに、大坂本王子跡が有る。



古い橋を渡って、少し登っていくと国道が見えてその向こうに、道の駅中辺路がある。
此処に車を停めて中辺路道を散策する人も多いとか。






流石人気のある古道、素敵な石畳が続く。



和歌山より26里



せっかくの牛馬童子も写し方がまるでダメでなんだか良く解らない。

花山法皇の姿だと言うが、何故牛と馬の背に乗っているのだろう。
小錦ぐらい大きかったので牛だけではダメだったのかな?

調べてみると
「きつい路は牛のごとくゆっくりと、楽な路は馬のごとく軽快に」との山歩きの極意?人生の極意かなあ..

右は役行者(えんのぎょうじゃ)石像。
昔々(7世紀)修験道の開祖らしい。
両方ともとっても小さな像だ。

花山(かざん)法皇はとても不思議な法皇だ。
藤原氏の摂関時代に若くして天皇になり政治改革を試みるが、藤原兼家の子同道兼らの陰謀により退位。
花山寺にて出家、法皇となる。

神である天皇が出家して仏門に下ると法皇となり、熊野権現で修行するとの感覚が今までピンとこなかった。

那智で修行した後、西国巡礼を始めた。

その為、那智が西国33所霊場の一番となったとか。
女性と歌を愛し、拾遺和歌集を編集したり多くの女性を虜にしたらしい。

晩年は花山院で過ごしたが、11人の女官が法皇を慕って、花山院まで来たが女人禁制で逢うことが出来ず、
尼となって山麓にとどまり、琴を弾いて法皇を慰めたとか。











牛馬童子を過ぎると、約1qで近露の町に出る。




珍しい木造のダムを越えていくと日高川にでる。







やっと今日の目的地、近露王子に着いた。

丁度3時30分。
役14q、5時間半の道のりだった。



近露美術館を過ぎて、ガソリンスタンドの前のバス停でバスを待つ。

此処には小さなスーパーや酒屋さんがある。

昔は宿場町でずいぶんと栄えたそうだ。

今は、人通りはほとんど無い。

紀州材で作られたとても趣のあるベンチに座っていると、とても冷えてくる。
温かいコーヒーとお弁当の残りをいただく。

4時丁度に最終の龍神バスが着き、滝尻まで行く。バスだとあっというまだ。
この最終便には熊野詣での人達で満員だった。
滝尻から一路、串本大島へ。
夕食が6時と聞いている。

料理自慢の宿で、一品出しのため遅れては困ると言われている。

白浜方面に走るが、材木運搬トラックが40qぐらいでのろのろ走る。

海沿いの道になり信号の全くない道路を必死で走り、串本にはいると6時過ぎ。

地図も見ないで真っ暗な中を串本大橋を渡り広い道路を、島に上がったかと思った所に
ポツンと一軒旅館?があった。

風呂にも入らせてもらえず、直ぐ食事。

此処はフランス料理のように一品ずつ料理がでてくる。

和洋折衷海の幸料理と、美味しいお酒をいただいて、9時過ぎには熟睡モードとなる。

続く
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