串本大島 2005/02/12
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− 本州最南端 異国の香りがする −

ここはぁ〜♪くぅ〜しぃもぉとぉ〜♪
むかいぃはぁ♪おぉしぃまぁぁ〜♪
なかぁぉとりもぉつぅ♪じゅんこせぇぇ〜ん♪




巡航船は、串本大橋が出来てから無くなってしまったけど、此処は確かに本州最南端の地

お隣には、台風情報で良く耳にする潮岬がある。








朝食が8時からなので、朝飯前に島の見学。

この個人の家のような旅館(椿道旅館)?を出ると島の東端まで広い道路が続いている。

この椿道旅館は、2000年に、紀北の美里町にお住みだったご夫婦が移住して始められた旅館で、
普通の民家のようだが、こざっぱりとした宿だ。ペンションのようだが、若者に媚びるような所が
無いことが好ましい。
和室が中心で、広いテラスもありゆっくり出来る。
全館禁煙だが、テラスには灰皿があった。
花が大好きなご夫婦で春になれは沢山の花々が咲き乱れるらしい。
料理はこだわりのあるもので、一品出し。
つまりどお〜んと一度に出すのではなく、食べるのに会わせて調理して出してくれる。
調理したての料理が味わえる。

料理はお任せコースでは、海の幸を中心に和風フレンチのようなとても工夫されたものであった。

小食の家内も殆ど残さず食べていたので、よほど美味しかったものと思える。

10分ほど走っても一軒の家もない。
どうもこの道は島の背骨を貫いているようだ。

民家は、海岸沿いにあるのだろう。

道路の行き止まりには樫野崎の駐車場がある。

朝早くから釣り客の車で満員。



車止めから灯台へ向かう。



途中にトルコ記念館があるが、まだ開いてはいない。

独特のブルーのタイルが美しい。



明治23年トルコの親善大使を乗せた、エルトゥールル号2344トンが台風の影響で座礁し500名余りが死亡。
生存者69名。

大島の人達は、生存者の救助、遭難者の捜索、埋葬に尽力した。
その後も、墓地の清掃を100年以上も続けている。

近くには、トルコの土産物屋?が何軒か並んでいてトルコ人らしい男性が開店の準備をしている。



明治3年に開設された、日本最古の石造りの灯台。

灯台の前の広場には、建設に従事したイギリス人技師によって植えられた水仙の花が満開だ。



水仙の中に、三等三角点がある。

志摩の南の崖は鋭く切れ落ちていて、沢山の岩礁がある。
よく見るとこの岩礁に釣り人が沢山上がって釣りをしている。



崖の斜面や上にはツワブキが群生している。



南の岩礁と、北に見える南紀の山々。

あれが熊野の山々かも知れない。



樫野崎から、海朝鮮半島の金剛山にちなんで名付けられた海金剛へ向かう。

ウバメガシやツバキのトンネルを抜けると、荒々しい岩礁が素晴らしい景勝となっている。
向こうの半島の先が樫野崎灯台。



あんな小さな岩礁にも二人の釣り人がいる。
私達も山ばかり登って物好きだとよく言われるが、彼らもかなりなものだ。



8時過ぎに旅館へ帰り、贅沢な朝食をいただく。

今日もスケジュールが厳しいので出発を急ぐが、美味しいコーヒーが無料だというので、
つい飲んでいこうかと言うことに..
しかし大失敗。ドリップ中のコーヒーをひっくり返し、そこら中コーヒーの粉だらけ。

掃除していたら9時を過ぎてしまった。



大島と串本をつなぐ大島大橋は、ループ式になっていて、途中の島の上でぐるっと円を描いている。



串本からひたすら那智勝浦を目指すが、橋杭岩だけは見逃す訳には行かない。

大島との間に岩で橋弘法大師が一晩で架けようとしたが、天邪鬼の嘘の鶏の鳴き声にだまされて
途中で架けるのを諦めてしまったという逸話がある。

讃岐の里山は、マグマが上に乗っかっていて、瀬戸内海の穏やかな波で浸食されたため、おむすび山になっているが
此処の岩は、岩の縦の割れ目から吹き出たために、マグマが板状に直立していて、
しかも熊野灘の激しい潮流に浸食されたためこんな橋みたいな岩になったとか。

讃岐の里山と親戚のようなものだが、育ち方によってずいぶん違ったものになっている。

朝日夕陽が美しいらしい。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/9389/hasikui2.htm?

後は、クジラのモニュメントや、落合の記念館などの看板をすっ飛ばして、10時前に大門坂下の駐車場に着く。

平安時代から抜け出してきたような美女に会えるかも知れない。

続く
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