石老山せきろうざん 2006/2/12

− 嵐山(間の山)から石老山へ 巨石の山道を歩く −

何時も小仏城山から眺めている相模湖。

その向こうに優しい稜線を見せていたのが石老山(石老山)694mだ。

今日はこの山を歩く事にする。

いつもの通り7時発の京王線に乗ると、これまたいつもの老夫婦にお会いする。

今日は高尾から景信山までの往復との事。

お聞きすれば、奥様は元々東京の方だが、大阪万博の時結婚して大阪に行ったとか。

その時から山歩きをされて、日本中の山を登ったとお話しされていた。

四国の山もかなり登っておられるとの事。

石鎚山はロープウェイが無かったので下から登ったらしい。

勿論北アルプスの山々も登られていて、剣岳が一番印象にあると言われていた。

今は、毎週高尾山近辺を歩かれているとの事。

高尾駅でお別れして、私達は中央線で相模湖駅へ。

駅でトイレを済ませて、8時14分に出発。



電車には、大勢のお年よりパーティが石老山のルート図を持って大騒ぎしていた。

みんな駅前からバスに乗って登山口まで行ってしまった。

私達は、歩ける所は歩くという家内の方針に従って相模湖方向に下っていく。

相模湖公園から見ると、相模湖の向こうに今日歩く石老山の稜線がクッキリと見える。



この地図は南が上です。

地図の中央下の相模湖駅から、南に下って相模湖大橋を渡り、左中央の嵐山を縦走して、左上の石老山をぐるっと回る計画。



相模湖の遊覧船は未だ動いていない。

この寒いのにボートで魚釣りをしている人が沢山居る。



相模湖大橋を渡る。



大橋の左にはダムが見える。

平成13年に出来たばかりの洞門を右に見て、左へと小仏城山方面へと進む。



先週REIKOさんが、小仏城山から降りてきて通ったと思われる東海自然道の入り口に着く。

ここから嵐山への登山道を登って行く。

8時36分。

ジャージ姿の男性がやってきて、駆け足の様に登って行く。

手ぶらでまるでお散歩の様。



静かな、山道らしい山道を登り出すと、直ぐに汗が噴き出してくる。

途中見晴らしの良い所で、上着を脱ぎ登って行くと、先ほどのお散歩スタイルの男性が降りてきた。

「早いですねえ」と言うと「関西の人?」と問いかけてきた。

相模湖近辺の登山ルートを色々教えてていただいた。

おまけに、梅干しの干したのをもらって、口に含みながら登ると直ぐに嵐山頂上着。

9時6分。406m



頂上からは小仏山系が一望出来る。



この山から見る相模湖は神奈川50選に選ばれている。



この山は「間の山」と呼ばれていたが、京都の嵐山に風光が似ているので、嵐山と呼ばれる様になったそうだ。

間の山と言えば大菩薩峠の小説の薄幸の美女「お君」を思い出す。

大菩薩峠の長編の底流に重く流れているのが、お君の歌う「間のやま節」だ。

この山の頂上には、戦国時代のろしをあげた跡などがあり、安産の神様「水上神社」が祀られている。

「湖水浄化」と「登山安全」祈願のプレートがあった。

オシドリの描かれた丸い石版が祠を守っている。



景色を楽しんで出発。

下りは緩やかな気持ちの良い道が続く。

その内に沢筋になり、いくつも手製の橋を渡る。



所々凍結したり崩落したりしている場所もある。

一旦国道が見える所まで降りてから、クネクネとアップダウンを繰り返す。

また、かなり登った所で見晴らしが開けると、相模湖ピクニックランドの横に飛び出す。

山のてっぺんに大きな観覧車がある。



畑の中を降りていくと、国道に架かる鼠(ねん)坂歩道橋を渡る。

10時12分。



住宅地の中を看板に従って進む。



東海自然道を、一旦山道に入ってなおも進むと凍結した林道に出る。



やっと本来の登山口である相模湖病院が見えてきた。

昔、顕鏡寺の総門があったと言われる広小路から登って行く。

10時46分。

相模湖駅を出発して2時間30分歩き続けてきたので、もう少し疲れてきた。



この登山道は顕鏡寺の参道だった為、古い石仏や丁石が残っている。



名物の巨石が現れてくる。

石老山は第3紀地層の礫岩で出来た山らしい。

此処の礫岩は、伊豆半島が日本列島にぶつかった時押し上げられた小石混じりの岩で「さざれ石」だと言われている。

正に「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」そのままだ。

鶴岡八幡宮に大事に祀られていた「さざれ石」と同じものかなあ?



登り始めると直ぐに滝不動に着く。

昔は水量の多い滝だったそうだが、今は殆ど水はない。



入り口の絞龍の石像があるが壊れていて、顔相だけになっており余計に怖い。



色々と謂われの名前の付いている巨石の間を登って行く。



登山道にも石がごろごろしている。

さざれ石の様子が見えるだろうか?



11時6分顕鏡寺の鐘楼に着く。

でっかい蛇木杉がある。根っこが二匹の蛇に見えるとか。



この顕鏡寺は平安時代、1,100年前、三条貴丞卿(きしょうきょう)の若君武庫郎(むこを)が

八条殿の姫君に恋し、駆け落ちをしこの地の岩屋までやって来て生まれた子が岩若丸。

その岩若丸が僧となり、源海上人と号し、石老山顕鏡寺を建立。

名前の由来は古い石の山と鏡にちなんでいるという。



境内からは、高尾の山並みが綺麗に見える。



源海上人が住んでいたという岩窟。

福一満虚空像尊我祀られている。



顕鏡寺から赤い鳥居を登って行くと、巨石が次々と現れる。

弁慶がゲンコツで開けた穴もある?

飯綱権現神社(奥の院)を守る様にそびえているのが擁護岩(雷電岩)高さ22m横幅19m



這い登る様な場所もある。

見晴らしの良い所に八方岩がある。東南方面の眺望がよい。



11時37分、融合平見晴台に着く。

相模湖の眺望が素晴らしい。

相模湖の向こうには生籐山を中心として奥多摩の山々が続いている。

看板には570mとあったが高度計は520m程?

小休止して珈琲タイム。



暗い杉並木を行くとやっと石老山頂上に着く。

694m。12時14分着。



丹沢山系は写真では解りにくいが、雪に輝いていた。

蛭が岳の頂も光って見える。



右の綺麗な三角錐の山は大室山。その右に富士山が見えるはずだが、今日は曇って見えない。

此処で昼食タイム。



高尾山系の上に大岳山の山頂が覗いている。



昼食後山頂を後にする。

12時40分。



急坂を下り、いくつかピークを過ぎると、大明神山。

相模湖ピクニックランドが眼下に見える。

その向こうには先日登った南高尾。その向こうに高尾の山波。



しばらく登ると大明神展望台。

13時25分着。



丹沢の山並みは迫力有る。



やはり富士山は見えない。



相模湖とその後ろにそびえる奥多摩の山々。



陣馬山から、景信山、小仏城山。

小仏城山や景信山の急坂も、此処から見ると緩やかな尾根に見える。



大洞山から南高尾の山並み。

こうして見ると鋭いピークが続いているのが良く解る。

先日、疲れたはずだ。



石老山を振り返りながら下山開始。

13時40分。



沢筋には雪が残っている。

かなりの急坂を慎重に下る。



14時22分キャンプ場着。



舗装路に出て下っていくと、有名な渡し船の看板。

残念な事に今日は運休。

ここが、旧の鎌倉街道鼠坂。



14時43分、国道に出て相模湖を見ながら駅まで歩く。



バスが二台追い抜いていく。

登山客は全員バスで帰る様だ。

相模湖大橋が見えてホッとする。

朝登った嵐山が青空の下綺麗な姿を見せている。



疲れ切って、相模湖公園に着く。

15時24分。

歩道歩きは足に応える。ベンチで一息入れる。

今頃青空になってきた。相模湖の向こうに石老山が美しい。



15時27分の電車に乗る為に走ろうかとも思ったがやめにして、コンビニでビール購入、ノンビリ帰る。

15時40分駅に着き、16時3分の電車で帰宅する。





総歩行距離 約17.5q 累計標高差±1250m
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